Vol.12 オークションレポート / 2026年6月
Vol.12 オークションレポート / 2026年6月
──アートを「感性」で終わらせない。資本と思想の構造を読み解く。
Art Insightでは、作品の背後に潜む市場構造・評価軸・時代精神を掘り下げます。
美術史と金融、哲学とテクノロジーが交差する領域で、
「価値とは何か」を問う知的探求がここから始まります。
読むたびに、世界の見え方が変わる。
思考の精度を高め、自らの審美眼を資産化する旅へ。
「知識に投資することこそ、最高の利息を生む。」
― ベンジャミン・フランクリン
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【オークション レポート】では、国内外のアートオークションの動向をいち早くお伝えし、アート市場の趨勢を捉えることで、投資判断の一助となることを目的としております。
1. 大型オークションは限定的、関心はアートバーゼルへ
6月は、世界最大級のアートフェアであるアートバーゼルにコレクターの関心が向かう時期です。そのため、5月や11月のニューヨーク・メジャーセールに比べると、大型オークションの数は限られます。
その中でも注目を集めたのが、1992年の欧州通貨危機で富をなした投資家ジョー・ルイス氏のコレクションを出品した、サザビーズ・ロンドンの「Masterpieces from the Lewis Collection」です。同セールでは、モディリアーニ、クリムト、ドガ、フロイドなど、20世紀美術の中核をなす作品が相次いで高額落札されました。
2. オークション会社別レポート
クリスティーズ - アジア美術セールで北斎が人気
クリスティーズでは大型オークションはありませんでしたが、6月10日にパリで開催されたアジアの作品にフォーカスしたオークション「Art d’Asie」が注目されました。同セールには、中国陶磁器、翡翠彫刻、日本美術などを含む155点が出品されました。
その中で注目を集めたのが、葛飾北斎の浮世絵版画《神奈川沖浪裏》と《山下白雨》(通称”黒富士”)です。
《神奈川沖浪裏》は、エスティメイト600,000〜800,000ユーロに対し、上限の約2倍にあたる1,646,000ユーロ(約3億円)で落札されました。また《山下白雨》も、エスティメイト50,000〜80,000ユーロに対し、304,800ユーロ(約5,600万円)で落札されました。
これらの結果は、海外における浮世絵人気を改めて示すものとなりました。

約3億円で落札された葛飾北斎《神奈川沖浪裏》と約5,600万円で落札された《山下白雨》
(クリスティーズ ウェブサイトより
サザビーズ - ルイス・コレクションがロンドン市場を牽引
6月24日に実施された「Masterpieces from the Lewis Collection(ルイス・コレクションからの傑作)」において、最も高額で落札されたのは、アメデオ・モディリアーニ(Amedeo Modigliani, 1884-1920)の《Nu assis au collier(首飾りをつけた裸婦)》でした。落札価格は48,235,000ポンド(約103億円)です。
本作は1917–18年に制作された油彩作品であり、モディリアーニの裸婦像の中でも市場性の高いカテゴリーに属します。単に高額であっただけでなく、来歴、展覧会歴、文献掲載歴の面でも充実しており、今回のセールを象徴する作品でした。
一方で、より象徴的な意味で注目を集めたのは、エドガー・ドガ(Edgar Degas, 1834-1917)の《Petite danseuse de quatorze ans(14歳の小さな踊り子)》です。この作品は、ドガが制作した蝋のオリジナル像をもとに、没後にブロンズ鋳造されたものです。
ブロンズ版は複数存在するものの、その多くは美術館に収蔵されており、市場に出てくる機会は限られます。この作品のエスティメイトは18,000,000〜25,000,000ポンドでしたが、25,120,000ポンド(約53億円)で落札されました。
モディリアーニの裸婦像が「価格」の面でセールを牽引したとすれば、ドガの《14歳の小さな踊り子》は、「美術史的アイコン」としての存在感を示した作品だったといえます。

約103億円で落札されたモディリアーニの油彩作品
(サザビーズ ウェブサイトより)
約53億円で落札されたドガの彫刻作品 《14歳の小さな踊り子》
(サザビーズ ウェブサイトより)
3.その他
日本国内でも大型のオークションは限られましたが、6月13日に実施された東西ニューアートのオークションにおいて、横山大観《霊峰不二》が106,950,000円で落札されました。
大観にとって富士は最も重要な主題の一つです。《霊峰不二》というタイトルが示すように、単なる風景画ではなく、日本的精神性を象徴するモチーフとして描かれています。
今回の1億円超えの落札は、日本近代絵画の大御所に対する評価が、国内市場においてなお強固であることを示す結果となりました。

約1億円で落札された横山大観《霊峰不二》
(東西ニューアート ウェブサイトより)
4.アートバーゼルについて
6月のアート市場を語るうえで、オークション以上に重要だったのがアートバーゼルです。2026年のフェアには9万人の来場者があり、290ギャラリーが参加しました。市場全体には依然として選別色が残るものの、会場では高額作品の販売が相次ぎ、特にブルーチップ作品への需要の強さが目立ちました。
報道によれば、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso, 1881–1973)の《Le peintre et son modèle dans un paysage》は3,500万ドルで販売され、ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter, 1932-)の作品も2,000万ドルで販売されました。こうした結果は、トップクラスの作品に対しては、コレクターの購買意欲が引き続き強いことを示しています。
また、The Art Newspaperは「Art Basel’s opening day(アートバーゼル初日)」において、バイヤーがブルーチップ作品を次々と取得したと報じました。これは、2025年に見られた慎重なムードから、回復感が出てきたことを象徴する報道でした。
5.アート投資のための考察
2026年6月のオークション市場を金額面から振り返ると、サザビーズ・ロンドンによるルイス・コレクションの一夜が突出していました。欧米の主要セールが5月と11月に集中する以上、6月が端境期となるのは自然なことです。
しかし、金額の大小とは別に、今月特筆しておきたいのは、日本の浮世絵に対する需要の根強さです。クリスティーズ・パリのアジア美術セールでは、葛飾北斎《神奈川沖浪裏》と《山下白雨》が、ともにエスティメイトを大きく上回って落札されました。なかでも《神奈川沖浪裏》には、約3億円という価格が付きました。
今回落札された《神奈川沖浪裏》は、全体的にヤケと変色があり、画面中央には折り目が残っていました。コンディションが良好とは言いがたいものであり、輪郭線にも摩耗が見られ、摺りも最初期のものではありません。浮世絵を見慣れた目からすれば、決して最上級の一枚とはいえません。
それでもなお、これほどの価格が付きました。状態の優劣を超えて、「神奈川沖浪裏という図像そのもの」が世界中から求められているという事実こそが、北斎という普遍的アイコンに寄せられる需要の強さを示しています。
