Vol.9 アート投資のセオリー / 世界と日本のアート市場

Vol.9 アート投資のセオリー / 世界と日本のアート市場

Vol.9 アート投資のセオリー / 世界と日本のアート市場

──アートを「感性」で終わらせない。資本と思想の構造を読み解く。

Art Insightでは、作品の背後に潜む市場構造・評価軸・時代精神を掘り下げます。
美術史と金融、哲学とテクノロジーが交差する領域で、
「価値とは何か」を問う知的探求がここから始まります。

読むたびに、世界の見え方が変わる。
思考の精度を高め、自らの審美眼を資産化する旅へ。

「知識に投資することこそ、最高の利息を生む。」
― ベンジャミン・フランクリン

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データから見た世界と日本のアート市場

 世界最大のアートフェアであるArt Baselとスイス最大手銀行であるUBSが共同で制作するアート市場レポート「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2026」は、世界のアート市場に関する最も信頼性の高い調査の一つであり、2025年の市場動向(取引額、国別シェア、流通構造、今後の見通し等)が体系的に整理されています。

その中でポイントとなるのは、以下の3点です。
・2025年の世界のアート市場は前年比+4%の596億ドル(8兆9,227億円)となり、3年ぶりに増加へと転じた。
・国別のシェアでは、米国 44%、英国 18%、中国 14%が中核を占め、日本は1%にとどまる。
・流通別では、ディーラー(画廊や美術商)は+2%であったのに対し、オークションは+6%となり回復が顕著。

以下のレポートのセクションごとに解説します。

1.世界市場全体:3年ぶりの増加 日本のシェアは1%

 2025年における世界のアート市場の取引額は4%増加の596億ドル(8兆9,227億円)となり、2023年、2024年の2年連続の減少を経て、2025年は増加に転じました。年前半は”トランプ関税”に対する不透明感などの政治的要因により取引が低迷しましたが、年後半に高額作品の取引が増加し、市場全体を押し上げました。

国別シェア

取引額を国別シェアでみると、米国 44%(前年は43%)、英国 18%(同 18%)、中国 14%(同 15%)、フランス 8%(同7%)、スイス 3%(同 3%)、ドイツ 2%(同 3%)、日本 1%(同 1%)、スペイン 1%(同 1%)、韓国 1%(同 1%)となります。

米国は、2025年において5%増加し、260億ドル(3兆8,924億円)の取引額となり引き続き最大市場です。取引増加の背景には11月のオークションでグスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862-1918)の《エリザベート・レーデラーの肖像》が236,360,000ドル(367.2億円)で落札されたことに象徴される高額取引が相次いだことに起因しています。

英国は、2%増加し、105億ドル(1兆5,719億円)、中国は1%減少し、85億ドル(1兆2,725億円)となりました。この二国については、過去10年において同水準の取引額で推移していましたが、中国経済の鈍化により、ここ2年は英国が上回っています。


2.日本のアート市場:オークションの比率が小さい

 日本のアート市場については、文化庁から「The Japanese Art Market 2025」と名付けられたレポートが公表されています。このレポートは、日本のアート市場の実態をより正確に把握し、その潜在力を可視化することを目的として作成されたもので、上に書いた「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2026」を手がけたクレア・マッカンドリュー博士との連携で調査・分析・作成されています。

 取引額を時系列でみると、コロナ禍において2020年に3億7,700万ドル(561億7,300万円)まで落ち込んだものの、その後急回復し2022年には7億5,600万ドル(1兆1,264億円)と過去最高を記録しました。その後は7億ドルをやや下回る水準で比較的安定した水準となっています。

 日本のアート市場はディーラー・ギャラリーを通した販売が多く、全体の71%を占めます。日本には2080件超のディーラー・ギャラリーがあり、その59%が東京都内に所在しています。東京以外では京都(8%)、大阪(6%)、名古屋(4%)、横浜(3%)が続きます。これらの中で海外に拠点をもつものは全体の5%にとどまります。

 オークションでの取引額は、全体の29%となる1億9,800万ドル(295億200万円)でした。この割合は世界の41%と比べると小さいことが特徴です。取引件数は低価格帯に集中しており、そのほとんど(91%)が1万ドル(149万円)未満でさらに50%は1,000ドル(14万9,000円)未満でした。

3.おわりに

 世界のアート市場が3年ぶりに増加へ転じた2025年、日本のシェアは依然として1%にとどまっています。
この数字をどう読むか。悲観の材料とみるか、伸びしろとみるか——私はむしろ後者だと考えています。
 日本のアート市場の特徴は、ディーラー・ギャラリーを通じた取引が全体の71%を占め、オークション比率が世界平均(41%)の半分以下(29%)であることです。これは市場の「未成熟」を示すというより、流通構造の違いを示しています。日本では長らく、アートは「買うもの」ではなく「贈るもの」「飾るもの」として扱われてきました。価格の透明性を生むオークション文化が根付いていないことが、国際的な投資家の目に「見えにくい市場」と映る一因でもあります。
 一方で、クリムトの367億円という落札価格が象徴するように、アートの高額化は世界的な潮流であり、その恩恵は価格の透明なオークション市場に集中しやすい傾向があります。日本市場がこの流れに乗るためには、オークションを通じた価格形成の文化をいかに育てるかが問われています。
 文化庁がレポートを整備し、データの可視化が進んでいることは前向きな兆候です。アートを資産として捉える視点が日本でも確実に広がりつつあります。1%という数字は、出発点です。

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